秋田のフリーペーパー・ポスティングのあおぽ暮れも押し迫った昨年の12月21日、あおぽ編集部は取材のためロシア連邦の首都・モスクワに飛んだ。 モスクワでは昨年11月1日、世界民族精神融合アカデミーの副総裁である五井野博士の招待で来日したロシア連邦国会議員、ソ連邦英雄・上級大将、ロシア英雄協会会長であるヴァレン二コフ閣下がプーチン大統領の許可を得て、特別にクレムリンのグラノヴィータヤ宮殿を案内してくれた。 ここは、未公開の場所で日本はもとより世界各国においても宮殿内部の取材は許可されていないと聞く。 しかし今回は、ロシア国家が五井野博士を特別招待したもので、それにあおぽ編集部とテレビカメラマンの同伴が許可されたのである。 これからその内部の様子をあおぽの紙面で順次取り上げていく予定である。 日本のマスコミに未公開の宮殿をあおぽが先駆けて取材。 ヴァレン二コフ閣下の秘書であるミハイル氏は「グラノヴィータヤ宮殿の見学は五井野博士のためにプーチン大統領が特別に許可をしたものです。」と述べた。 某大手テレビ局上層部の話 今回あおぽが取材したクレムリン宮殿やロシア正教のテレビカメラの映像を見た某テレビ局関係者の話として「グラノヴィータヤ宮殿の内部は過去に一部分だけ紹介されたことはあった。しかし奥まで全部取材できたのは今回が初めてのこと。NHKが取材を申し込んでも許可を得ていないようだし、TBSも何度も申し込んだが許可してもらえない。今回の取材はすごいことだ。」と某大手テレビ局上層部がコメントしてくれた。
グラノヴィータヤ宮殿 大統領夫人の貴賓室 女性なら誰でも一度は憧れを持つ皇帝の奥様の間や各国の王族、大統領や首相など、国賓の奥様を招待する社交の間として友好促進に利用されている黄金の間を取り上げてみた。 世界の超一流品の装飾品や絵画などの美術品、建物の内装や調度備品に至るまで目をみはる程の豪華さを誇っている。 ![]() イワン三世時代の建築物 クレムリンの歴史はユーリー・ドルゴルーキー公がモスクワを城壁や堀で取り囲んだことから始まったと言われる。 15世紀になって今のクレムリンの城壁やウスペンスキー大聖堂、ブラゴヴェッシェンスキー聖堂などが建設された。 17世紀にクレムリンは黄金の時代を迎え、イワン大帝の鐘楼の向かいに梵火のように輝く金色の丸屋根群のグラノヴィータヤ宮殿がサポールナヤ広場の西側に造られた。 イワン大帝(イワン三世)時代の建築物としては、教会を除けばクレムリンに現存する唯一のものとなっている。 ![]() 公の儀式、外国大使の接見、祭典などに使用 公の儀式、外国大使の接見、祭典などに使われているこの宮殿は、イタリアの名匠マルコ・ラフォーとピエトロ・ソラリが1491年に完成させた。 宮殿の丸天井の下でイワン皇帝がカザン征服(タタール放逐)を祝う宴を催し、ピョートル大帝が戦勝のたびに宴席を設けた。入り口に近いタイニクと呼ばれる透明なタペストリーの隙間から皇后、皇女など祭典に出席できない女性たちが覗き見したと言われる。 ![]() 青いポストHOMEに戻る 別館【秋田の不動産なら秋田ネット不動産】 |